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日本ではあっという間にブームが去った、僕が世界一愛する大統領のムヒカさんの言葉を、いま改めて噛み締めてみる。

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まず始めに、見るたびに心に染み渡る、リオ会議での世界に衝撃を与えたスピーチの全文を、タイピングの練習も兼ねて打ってみようと思う。

2012年6月20日に行われた「国連時速可能な開発会議リオ+20」での演説で、無制限に資源を消費する資本主義のあり方に疑問を呈するものとして注目された。

 

 

"会場にお越しの政府や代表のみなさまありがとうございます。

ここにご招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。

私の前にここに立って演説した快きプレゼンターのみなさまにも感謝いたします。

国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

 

しかし、頭の中にある厳しい質問を声に出させてください。

午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。

私たちの本音は何なのでしょうか?

現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?

 

質問させてください

ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるでしょうか?

息するための酸素がどれくらい残るでしょうか?

同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?

可能ですか?

 

それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?

マーケットエコノミーの子ども、資本主義の子どもたち。

すなわち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。

マーケット経済がマーケット社会を作り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか?

 

私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?

グローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?

このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で

「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?

どこまでが仲間でどこまでがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません

その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境問題ではありません。政治的な危機問題なのです。

 

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールし切れていません。

逆に人類がこの消費社会にコントロールされているのです。

私たちは発展するために生まれてきたわけではありません。

幸せになるためにこの地球にやってきたのです。

人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

 

ハイパー消費が世界を壊しているにも関わらず、高価な賞品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの社会では私たちは消費をひたすら早く多くしなければなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況お化けが皆の前に現れるのです。

 

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会になっているのです。

そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。

 

人がもっと働くためもっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。

悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか?

これはまぎれもなく政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

 

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。

私の謙虚な考えでは、これは政治問題です。

昔の懸命な方々、エピクロスセネカアイマラ民族まで、こんなことを言っています。

「貧乏な人とは、少ししか物を持ってない人ではなく、無限の欲があり、いくら持っても満足しない人のことだ。」

これはこの議論にとって文化的なキーワードだと思います。

国の代表者として、リオ会議の決議や会合にそういう気持ちで参加しています。

私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉が結構あると思いますが、みなさんには水源危機と環境問題が問題減でないことを分かってほしいのです。

 

根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければいけないのは私たちの生活スタイルだということ。

私は環境問題に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも世界でもっとも美味しい1300万頭の牛が私の国にはあります。

羊も800〜1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。

こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

 

私の同士である労働者たちは、8時間労働を勝ち取るために戦いました。そして今では、6時間労働を手に入れた人もいます。

しかしながら6時間労働になった人達は別の仕事もしており、結局は以前より長時間働いています。

なぜか?バイク、車などのローンを支払わないといけないのです。

毎月2倍働き、ローンを払っていったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。

私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

 

そして自分にこんな質問を投げかけます。これが人類の運命なのか?

私の言ってることはとてもシンプルな物ですよ?

発展は幸福を阻害する物であってはいけないのです。

発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。

愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものをもつこと。これらをもたらすべきなのです。

 

幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。"