エゴンシーレの言葉から彼の人生を想ってみた

f:id:namikiyoosuke:20161007180327p:plain”私たちはつねに 未来に目を向けていくしかありません。

 

希望を持てない人間は 死者の仲間に過ぎない。”

 

ーーーエゴン・シーレ(作家) 1890-1918

 

 

彼の生まれた年は、僕が生まれた1989年から99年遡る。

数々の名画を残し、師事していたクリムトにひけを取らないほど絵のセンスが優れていたエゴン・シーレ。(エゴン・シーレのデッサン画は凄く好き、「接吻」など金色に輝く絵で有名なクリムトも好き)

 

彼が亡くなった年を見てみると、あと2年でちょうど100年が経つ。

28歳という若さで亡くなっていたなんて、知らなかった。

 

 

画家としてまだまだこれからっていう時期なのに、残っている絵をみていると天才としか思えないほど、センスが秀でていたことが見てとれる。

 

僕はいま27歳なので、あと1年で彼が亡くなった歳になってしまう。

 

 

改めて、最初の彼の言葉を読んでみると、その短い人生がどれほど、濃密だったのかが伝わってくる。

 

彼は、ただ前を向いて行きていたんだと思う。

今その一種を一生懸命キャンバスに向かって。

 

 

誰だって死者の仲間になんてなりたくない。

 

そうだ、どんな環境や境遇に生まれても、希望を持っていればしっかりと生を全う出来ると思う。

 

たくさんの奇跡が重なって授かったこの命。

 

その意思に恥じぬよう、精一杯生きてみたい。

 

 

顔を上げて

 

 

前を向いて

 

 

ただ生きるだけだ。

 

 

 

PS. 今夜はエゴン・シーレを想ってお酒を飲もう。

 

転職しようかと悩んでいる人に、一年間休職をするという選択肢のすすめ

僕は今、仕事をしていない。

前職を辞めて、既に9ヶ月経ちましたが、まだ次の会社に入ろうという気持ちも芽生えていない。

 

なぜなら辞めてからの毎日が、本当に楽しいから。

 

ヨーロッパでは、大学卒業して働くまでに一年間のギャップイヤーを、取る人が多くいる。

 

仕事の休みを使って、海外のゲストハウスに泊まると、そういう方によく会う。

 

僕らが夏休みで一週間しか滞在しない、と話すと向こうの方には短いね!と驚かれる事がある。

 

ヨーロッパでは社会人になっても、年に一度は一ヶ月の休暇を取れる会社が普通にあるからだ。

 

そんな話を何回かしていると、なぜ日本人はこんなに働いているのだろうと疑問に思う。

 

データ上、日本は世界でも国内総生産上位を誇り、貧しい人も少なく、豊かな国のはず。

 

だとするならば、普通に考えて、お金も時間も余裕ができるはずだとおもいます。

 

しかし都心の働いているの人には、家族と過ごす時間さえ無いくらい、ほとんどの時間を仕事に費やしています。

 

普通頑張って働けば、仕事も早く終わらせることができ、お金も多く貰えるようになって、時間とお金に余裕が生まれると思います。

 

しかし、朝から満員電車で通勤し、夜は上司が残っているから遅くまで残業をする。

 

その分たくさん稼いだお金は、高い住宅費、通信費、外食費にほとんど消えていきます。

 

残ったのは、疲れた身体をなんとか、お酒でごまかし、家には寝に帰るだけという生活。

 

 

なんから矛盾していませんか?

仕事があるからしょうがない、家族と過ごす時間さえ取れないのは、人間の本質からズレていることに。

 

みんな幸せになるために頑張って働いているはずなのに、働けば働くほど、任される仕事も増える。すこし余裕が出てきたなという頃には、あっという間に人生で一番輝くはずの20代が過ぎ去ってしまったということに気づく。

 

それを後悔しても、失った時間は帰ってきません。

 

私たちは、その生活の対価として自分の人生で一番大切な時間を払っているという事を、しっかりと理解しないといけません。

 

自分で考え、自分で決めたのならばどんな生き方をしても、後悔なく生きることができると思います。

 

しかし自分で考えることなく、周りに流され、周りの目を気にして、常識という観念に囚われすぎてきまうと、心がどんどん傷ついてしまいます。

 

なにか、今の生き方に息苦しさや、違和感を抱いている方は、それに気付き始めているサインです。

 

なにかを変えなければいけないのです。

 

それは仕事を辞めなくても!あたらいことを始めてみることや、住む環境をかえるだけでもいいのです。

 

すると自分の心の声がすこしずつ聞こえてきます。

 

その声に耳を傾けてあげて、自分を信じて進めば、その答えが見えてきます。

 

まずは、なにか一歩を踏み出してみてください。

僕たちは日本のことを何も知らない

僕たちは、なにもしらない。
日本という国のことを。

 

まずはこの記事を読んでみてほしい。

http://useful-info.com/zdf-program-fukushima-no-uso

 

この記事を読んで、ふーんそうなんだ〜

やばいね〜日本。とそこで考えるのが終わってしまった人は、この後の分社は読まないでも大丈夫です。かなり長文になってしまったので、うまく伝わらないと思うので。

 

でもなんかやばいんじゃない?でも、自分にはなにもできることはないな、、どうしたらいいんだろう、と悩んでいる方は、少し読んでみてほしいです。

 

 

僕たちは自分たちの歴史も、教科書で教えられていることしか知らない。

権力を持っている人たちが作らせた歴史しか知らないんだ。

 

敗者の歴史は、語り継がれることはない。

歴史には、かならず歴史を語る勝者がいれば、必ずその裏に敗れていった人たちの歴史もある。

しかしそれは陽の目を見ることなく消え去ってしまう。

その敗者の歴史も知らないと、本当の真実は見えてこない。

 

 

この記事を読んで今の日本が、これほどまで腐敗している現実を突きつけられた。


ただ普通に暮らしていると、平和で安全で恵まれていて、とても良い国のように感じてしまう。

しかし、よく考えてみると、その状態はおかしいものだと感づいてくる。
楽しいことや、べんりなもの、全て与えてくれる今の社会。

これは、それを作っている人たちが、他のことに目を向けさせないために、コントロールされているということ。

本当のことを隠すために。

僕らはだまされている。

気づいている人はいる。
声を発して、動いている人もいる。

でももっと多くの人たちが、そこに気づかないと何も変えられない。

みんなも、そろそろ気づいているんじゃないか?


なんか、心に生き辛さを感じていたり、満員電車の中で息苦しさを感じたり。

僕は、その心の声に耳を傾けて、5年弱勤めた会社を辞めた。


他の業種の仕事など、ほとんど未経験でパソコンも全く使えなかった自分には、これからやっていけるか不安や恐怖やは、あったが周りの声さえ気にしなければ、日本という国は好きなことをやって生きていくことが出来る。

今は全く後悔してないし、本当に毎日を楽しく過ごしている。

 

 

知らないことは罪だ。

 

知らないで、操られコントロールされているのは、しょうがないと思う人もいるかもしれないが、僕はそれはただ責任から逃げているだけだと思う。

 

今の時代、知ろうと思えばスマホで検索して一瞬で大抵の情報は調べられる。

 

知りたいことについて3つくらいの詳しく調べられている記事を読めば、だいたいそのことについての全容は見えてくる。

 

そこから先は、詳しい人に話を直接聞いたり、現地に赴き自分の目と耳で感じることで、どんどんと情報が入ってくる。

 

ただウェブで調べただけで、わかった気になってはいけない。

 

インターネット上にある情報とくらべて

現地で入ってくる情報量は、比べ物にならないくらい多い。

 

それは旅をしたことがある人なら、わかると思う。

 

少し話を逸れたが、日本という国は今ほんとうに危機に瀕しているということを知ってほしい。

 

しかしその危機は、多くの人が、自分で何かしらの行動に移し、発言していくことで絶対に解決することができる。

 

ただ自分にできることだけすればいいんだ。

友人と日本の政治について話してみたり、シンゴジラを見て、もしゴジラが来たらどうなるかな?って話を真剣にしてみるのでも良いと思う。

 

まずは、調べてみてほしい。

どんどんと知らなかった現実が見えてくるから。

 

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この文章が誰かに伝わることをねがって…

 

よしジョジョ読み直して、覚悟を決めるわ。

ことば。

大切にしている言葉。

最近だいじな事だなと心掛けていることて、『日々、変わり続ける』という言葉を大切にしています。

変わらないこと、安定していることって一見、良い状態のように感じることもあるかと思うんですが、いざ何か起きた時に動けなくなってしまったりと、リスクも抱えてる状態なのではないかと思います。

日々変わり続ける社会の流れには、常に何か新しいことに挑戦したり、少しの変化を取り込むことで、想定外の事態にも、落ち着いて動けるようになるんだと思います。

人間は楽な方に流れやすいと思うけど、
uncomfortableなゾーンに意識して身を置くようにすると、刺激を受け、現状から一歩抜け出すきっかけが見つかったりと発見があります。

日本ではあっという間にブームが去った、僕が世界一愛する大統領のムヒカさんの言葉を、いま改めて噛み締めてみる。

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まず始めに、見るたびに心に染み渡る、リオ会議での世界に衝撃を与えたスピーチの全文を、タイピングの練習も兼ねて打ってみようと思う。

2012年6月20日に行われた「国連時速可能な開発会議リオ+20」での演説で、無制限に資源を消費する資本主義のあり方に疑問を呈するものとして注目された。

 

 

"会場にお越しの政府や代表のみなさまありがとうございます。

ここにご招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。

私の前にここに立って演説した快きプレゼンターのみなさまにも感謝いたします。

国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

 

しかし、頭の中にある厳しい質問を声に出させてください。

午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。

私たちの本音は何なのでしょうか?

現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?

 

質問させてください

ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるでしょうか?

息するための酸素がどれくらい残るでしょうか?

同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?

可能ですか?

 

それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?

マーケットエコノミーの子ども、資本主義の子どもたち。

すなわち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。

マーケット経済がマーケット社会を作り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか?

 

私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?

グローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?

このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で

「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?

どこまでが仲間でどこまでがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません

その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境問題ではありません。政治的な危機問題なのです。

 

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールし切れていません。

逆に人類がこの消費社会にコントロールされているのです。

私たちは発展するために生まれてきたわけではありません。

幸せになるためにこの地球にやってきたのです。

人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

 

ハイパー消費が世界を壊しているにも関わらず、高価な賞品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの社会では私たちは消費をひたすら早く多くしなければなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況お化けが皆の前に現れるのです。

 

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会になっているのです。

そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。

 

人がもっと働くためもっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。

悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか?

これはまぎれもなく政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

 

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。

私の謙虚な考えでは、これは政治問題です。

昔の懸命な方々、エピクロスセネカアイマラ民族まで、こんなことを言っています。

「貧乏な人とは、少ししか物を持ってない人ではなく、無限の欲があり、いくら持っても満足しない人のことだ。」

これはこの議論にとって文化的なキーワードだと思います。

国の代表者として、リオ会議の決議や会合にそういう気持ちで参加しています。

私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉が結構あると思いますが、みなさんには水源危機と環境問題が問題減でないことを分かってほしいのです。

 

根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければいけないのは私たちの生活スタイルだということ。

私は環境問題に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも世界でもっとも美味しい1300万頭の牛が私の国にはあります。

羊も800〜1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。

こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

 

私の同士である労働者たちは、8時間労働を勝ち取るために戦いました。そして今では、6時間労働を手に入れた人もいます。

しかしながら6時間労働になった人達は別の仕事もしており、結局は以前より長時間働いています。

なぜか?バイク、車などのローンを支払わないといけないのです。

毎月2倍働き、ローンを払っていったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。

私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

 

そして自分にこんな質問を投げかけます。これが人類の運命なのか?

私の言ってることはとてもシンプルな物ですよ?

発展は幸福を阻害する物であってはいけないのです。

発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。

愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものをもつこと。これらをもたらすべきなのです。

 

幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。"

べガスの三ツ星ホテルのコンビニ舐めてた

ラスベガスの高級ホテルも実は宿泊代はかなりやすく泊まることが出来る

 

三ツ星のルクソールも定価の80%OFF

 

なんと3500円とリゾート施設利用料の2500円、合わせて6000円で泊まれてしまうのだ。

 

その代わり、その他のサービスが高いのだ。

 

フードコートのメニューはどれも街中の1,5倍

 

しかし一つだけ小さなコンビにが入っている。

そこならまあやすく押さえられるだろうと思い、コロナのロング缶とサンドイッチを購入。

17ドル。

うっ、アメリカ前半戦でお金使いすぎたため節約中のサイフには、1ドルをいかに削るかという時にこれはきつい

10ドルですむかと思ったら、なかなかボディーに効く額やんけ

こんなことならフードコートで熱々ジューシーなハンバーガーにしとくんだった。

 

そんなことでラスベガスの洗礼を受けながらも、この失敗を次ぎに活かすべくたのしんでいきます。

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自由大学主催CreativeCamp in PORTLAND 参加後アンケート

振り返り(ディスカッション)時間、最終発表はいかがでしたか?

 

長文になってしまったので、途中で飽きたらそこで読むのを辞めて頂いてもかまわないです。

 

 

振り返りの時間は、皆それぞれ少しずつ視点が違ったりして、それぞれ感じたことを包み隠さず、話せたのがとても良かったと思う。

 

ちょっと話が脱線するかも知れないのですが、自分に関して言うと、僕は今まで自分の感じたことや、考えを人に話すのが、恥ずかしいと思っていたのか、なんか正しい答えを言わないと行けないみたいな思い込みが小さな頃から刷り込まれていて、うまく伝えることが苦手でした。

 

しかし、大人になるにつれその重要性はどんどんと大きくなり、社会に出たら、自分の考えを相手に伝えることが出来ないと通用しないということを痛感し、徐々に練習してきました。

 

それが今回のキャンプで、少しずつではありますが形になってきたのかなと感じました。

 

沢山の人と話し、話を聞き、またそれについて考えを伝える。

そんなコミュニケーションの基本ともいえることを繰り返すことで、最初は緊張していた気持ちも、いつの間にかその時間をとても楽しむようになっていたのは、とっても良い変化だったなと感じます。

 

...はい、長いですね。笑

 

最終発表は、反省しかないのですが日本語でもまとまっておらず、さらに英語で話す準備もせずダメダメだったなと。

 

しかし伝えたいことを何とか一生懸命伝える姿勢というのは、皆に伝わったのかなと思います。

 

1周目は、応援したい人とチャレンジした人の両方をかっさらうつもりで、最後に発表したのですが、緊張しすぎてひどかったなと思います。

 

しかし、とても楽しみました。

もっともっと場数をこなして、近いうちにワークショップとかトークショーてきなことや、講義みたいなこととかに挑戦してみようと思っているので、今後も精進していく所存でございます。

 

 

選んだ訪問先はなぜ面白いと感じましたか?

 

まず圧倒的に心躍ったのはNIKE campas,

なぜ面白いと感じたのかは、まず自分の中の会社という形の常識みたいな概念が崩れ去ったのかなと思います。

僕にとって、NIKE campasは理想の街のように感じました。

 

NIKEがまず一番重要にしていると感じたのは、自然。

そして自然との共存。

campasを作った人の想いのようなものをビシビシ肌で感じて、興奮しまくりでした。

 

そのうえで、そこで働く人達の自然体の姿が印象的でした。

彼らは、仕事と遊びの境が無いように、自然と働き、自然と仕事以外も楽しむ、そして双方が作用し、また活性していくような理想的な循環があるんじゃないかと感じました。

 

自分が4年10ヶ月働いた職場との違いに愕然となったのは、いうまでもありません。

 

最近は仕事に対してのモチベーションがあまり上がらず、ただ旅をしたいと思っていたのが、

ああいった、クリエイティブな仕事が生まれる場で、働いてみたいなという想いが強く生まれた瞬間でもありました。

 

他の訪問先もだいたい共通していて、共通項として、自然、手作り、コミュニケーションの要素をとても大切にしているなと、感じました。

 

Creative Campへの感想や、ブラッシュアップするための温かいご意見があればお願いします。

 

人生がステップアップする一夏の経験。

 

あの濃密な経験が、たった1,2週間の出来事だったというのが分かっているが、少し信じられない。

それほどいままでの人生の中でも強烈で記憶に残る時間だった。

 

2週間ほぼ家から出ず、ただiPhoneをいじって終わっていくのと同じ時間とは...

 

今後の生き方、目指すべき場所、夢などに向かう指針がビシッと立ったように感じています。

 

ただ、今回のcreative campはあくまで次のステップのスタート台に連れてきてもらったのだと思います。

大事なのはこれからどうアクションに起こしていくか。

 

一人の人生に出来ることは時間的にも限られているので、一分一秒を大切に、フットワーク軽く楽しく過ごしていきたいと思っています。

 

自由大学の皆さん、今回のcreative campに関わってくれた皆さんに深く感謝の気持ちを伝えたいのと共に、また別の形でお返しを返せるように今後の活躍を応援して頂きたいと思います。

 

ありがとうございました。

 

並木 洋輔